PRESS RELEASE
2010年8月2日
株式会社富士通研究所
国立大学法人名古屋大学
DNA素材の人工抗体を用いて毒素タンパク質の高速検出を実現
従来の100分の1の時間で検出可能。食中毒の起こらない未来へ
なお、本技術の開発の一部は、文部科学省の科学技術振興調整費において実施(注4)しました。
毒素タンパク質とは?
タンパク質は、筋肉や臓器など人の身体を構成するほか、消化や運動、免疫、遺伝などに係わるさまざまな働きを担う重要な成分です。その種類は、数万から数千万種類あると言われています。一方で、ヘビやサソリの毒素、ボツリヌス毒素、黄色ブドウ球菌腸管毒素(エンテロトキシン)など、人体に対して毒性を持つ毒素タンパク質も知られています。毒素タンパク質は、その毒性が強いと人を死に至らしめることがあります。
人工抗体(DNAアプタマー)とは?
抗体は、血液や体液などに含まれるタンパク質の一つで、ある特定のタンパク質を認識する機能を持っています。人工抗体は、DNA(注5)を素材に用いて従来の抗体と同じような分子認識の特性を実現したものです。試験管内で化学的に短時間に合成できるため、治療薬や診断薬への応用が期待されています。富士通研究所は、2001年から、DNAにアミノ酸と類似した構造を化学修飾する技術の開発(注6)を始め、タンパク質に対する親和性を強化した人工抗体技術を開発することに成功しました。当社の人工抗体は、従来の抗体と比べて、動物(ほ乳類)の免疫システムを使わず化学的に短時間で合成でき、さらに分子認識を容易に高められる特徴があります。
開発の背景
食中毒は、食品が病原菌で汚染されていることが原因であり、加熱殺菌で病原菌を死滅させることが有効な対策です。一方、病原菌が作った毒素タンパク質が食品に残留することが原因の食中毒(毒素型)もあります。加熱に耐える毒素タンパク質で食品が汚染された場合は、加熱殺菌しても食中毒が発生することがあります。加熱殺菌した食品中に微量に残留する毒素タンパク質を検出することができれば、食中毒の発生を防げます。
課題
毒素タンパク質の検査には、高い親和性がある抗体が必要です。従来の抗体は、動物(ほ乳類)の免疫システムを利用する工程が必要であり、品質を一定に保つことが難しく、コストがかかります。また、従来の測定技術では、微量の毒素タンパク質を計測する精度が低いため、菌を培養して毒素タンパク質の量を増やす必要があり、測定に時間がかかることも課題でした。
開発した技術
富士通研究所と名古屋大学(太田美智男名誉教授グループと馬場嘉信教授グループ)が共同で、毒素タンパク質の有無を検出するセンサーを開発しました。このセンサーは、毒素タンパク質を捉えるために新しく開発した人工抗体(DNAアプタマー)と、捉えたことを光信号に変換する信号変換器の技術を組み合わせたものです。
開発した技術は以下の通りです。
- 毒素タンパク質を捉える人工抗体の開発
安定して取り扱いが容易なDNAをアミノ酸に類似した側鎖で修飾することにより、タンパク質との親和性を強化した人工抗体用材料を開発しました。次に、この材料をランダムにつないで、1014種類の多様な配列の混合物である人工抗体ライブラリーを低コストに作製することに成功しました。
この多様な人工抗体ライブラリーの中から、毒素タンパク質と親和性の高い人工抗体を選別することに、名古屋大学(太田美智男名誉教授グループ)との共同研究により成功しました(図1)。選別した人工抗体は、従来の生化学的な検査(注7)に適用できることを実証しました。
図1. 人工抗体の選別 - タンパク質を捉えたことを光信号に変換する信号変換器
DNAを素材に用いた信号変換器は、ドイツ・ミュンヘン工科大学ウォルターショトキー研究所(注8)(Gerhard Abstreiter教授グループ)と共同開発した成果を利用しました。蛍光色素を付けた信号変換器の先端に、毒素タンパク質と親和性の高い人工抗体を付けます(図2)。毒素タンパク質がこの人工抗体に結合すると、蛍光色素が暗くなります。色素の光の強度を観察することで、測定対象の毒素タンパク質がどの程度存在するかを精度良く評価できます。
図2. センサーの構造 - タンパク質を効率良くセンサーに検出させる仕掛け
水溶液に含まれるタンパク質をセンサーで検出するためには、その水溶液をセンサーに流し込みます。その際、効率良くタンパク質を検出するため水溶液の流れを制御する技術を、名古屋大学(馬場嘉信教授グループ)と共同で開発しました。これにより、溶液に含まれるタンパク質の約9割を、センサーが迅速に検出することに成功しました。
効果
本技術により、毒素タンパク質の検出時間が、従来の手法と比較して約100分の1へと短縮されます。食品の出荷検査の精度向上と迅速化に応用することで、消費期限が特に短い乳製品などをより新鮮かつ安全な状態で消費者に届けることができるようになります。
今後
今回の人工抗体(DNAアプタマー)の技術により実現されるタンパク質への高い親和性や低コスト性によって、従来の抗体を用いた食品や疾患検査の一部を、人工抗体に置き換えられるように開発を進めていきます。また、富士通研究所とFujitsu Asia Pte Ltd.(注9)は、2010年5月にシンガポールに新たな研究拠点を共同で開設(注10)しており、人工抗体の事業化に向けた試行も進めていきます。
商標について
記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
以上
注釈
- 注1 株式会社富士通研究所:
- 代表取締役社長 富田達夫、本社 神奈川県川崎市。
- 注2 国立大学法人名古屋大学:
- 総長 濱口 道成、所在 愛知県名古屋市。
- 注3 毒素タンパク質:
- 菌が食品中で増殖し、その食品が汚染されると食中毒の原因となる。食中毒には、病原菌そのものが原因となる感染型と、病原菌が作る毒素タンパク質が原因となる毒素型などがある。毒素型は食中毒の原因の1割程度を占める。2000年に関西地方で発生した大規模(約14,000人)な食中毒事件は、黄色ブドウ球菌がつくるエンテロトキシンによる毒素型の例。今回は、このエンテロトキシンの検出を実施。
- 注4 文部科学省の科学技術振興調整費において実施:
- 「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」として2006~2009年度に実施。名古屋大学が予防早期医療創成センターを設立し、医工連携に基づくナノバイオ研究と医療情報処理研究を融合的に推進する国際的産学連携拠点を形成して、研究を実施。
- 注5 DNA:
- デオキシリボ核酸(DNA)。素材に用いたDNAは、化学合成されたもので、遺伝的情報は持ち合わせていない。
- 注6 2001年から、DNAにアミノ酸と類似した構造を化学修飾する技術の開発:
- 人工抗体の技術開発の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「バイオ・IT融合機器開発プロジェクト」の助成をうけて実施。
- 注7 従来の生化学的な検査:
- ELISA法とウエスタンブロット法。
- 注8 ミュンヘン工科大学ウォルターショトキー研究所:
- ミュンヘン工科大学(Technische Universität München)、所在 ドイツ バイエルン州ミュンヘン市。ウォルターショトキー研究所(Walter Schottky Institute)は、ミュンヘン工科大学内の半導体電子物理の応用研究を中心とした研究所。近年は国際的な流れから、融合領域研究へも注力。
- 注9 Fujitsu Asia Pte Ltd.:
- 社長 フランシス・ゴー、本社 シンガポール。富士通株式会社100%子会社。
- 注10 新たな研究拠点を共同で開設:
- 正式名称は、FUJITSU ASIA PTE LTD. Fujitsu Laboratories and R&D Division。
関連リンク
- 世界初!DNAを用いた革新的なバイオセンサー技術を開発(2010年4月16日 プレスリリース)
- 富士通グループ初となるバイオ医療の研究拠点をシンガポールに開設(2010年5月19日 プレスリリース)
- 国立大学法人名古屋大学予防早期医療創成センター
- 国立大学法人名古屋大学大学院医学系研究科分子病原細菌学分野
- 国立大学法人名古屋大学大学院工学研究科化学生物工学専攻馬場研究室
- ミュンヘン工科大学ウォルターショトキー研究所
本件に関するお問い合わせ
株式会社富士通研究所
ビジネスインキュベーション企画推進室
電話: 046-250-8845 (直通)
E-mail: aptamer@ml.labs.fujitsu.com
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