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PRESS RELEASE (技術)

2010年10月4日
富士通株式会社
株式会社富士通研究所

世界最高出力のミリ波W帯向け窒化ガリウムHEMT送信用増幅器の開発に成功

通信距離を従来の6倍に伸長

富士通株式会社(以下、富士通)と株式会社富士通研究所(以下、富士通研究所)(注1)は、今後の利用拡大が期待されるミリ波W帯(注2)の無線通信において、世界最高となる1.3ワット(以下、W)の出力を達成した、窒化ガリウム(以下、GaN)(注3) HEMT(注4)を用いた送信用増幅器を開発しました。従来のガリウム砒素を用いた増幅器と比べて、送信電力が約16倍に増加するため、通信距離を約6倍に伸長することができます。

今回開発した技術により、光ファイバーの敷設が困難な地域でも大容量の無線通信が可能になるほか、降雨などの影響でミリ波の信号が減衰する際でも通信の品質を確保できます。

本研究の一部は総務省の委託研究「電波資源拡大のための研究開発」の一環として実施したものです。なお、本技術の詳細は10月3日から10月6日まで米国モントレーで開催されている国際会議「2010 IEEE Compound Semiconductor IC Symposium (CSICS)」にて発表いたします。


図1. ミリ波W帯無線通信の適用イメージの例

開発の背景

インターネットの通信量の増大や携帯電話のネットワークサービスの拡大などに対応するため、光ファイバーによる大容量の基幹回線の整備が全国的に進んでいます。一方、厳しい地形や立地のため光ファイバーの敷設が困難な地域では、光ファイバー並となる毎秒数ギガビットの伝送容量を持つ無線通信装置により基幹回線を整備し、デジタルデバイド(注5)を解消することが検討されています(図1)。

数ギガビットを超える無線通信には、周波数帯域の確保が容易なミリ波W帯の利用が有効です。図2に示すのはミリ波W帯を利用する無線送受信機の例であり、送信部に位置する送信用増幅器は、ミリ波信号を送信に必要な強度まで高めるキーコンポーネントです。富士通および富士通研究所では、これまでGaN HEMTを用いた送信用増幅器において出力電力350 mWを達成しています。

しかし、ミリ波W帯は大気や降雨による信号の減衰が大きく、信号を数kmから数10 kmにおよぶ距離で安定して伝送するためには、送信用増幅器のさらなる高出力化が求められています。


図2. GaN HEMTを用いたミリ波W帯送受信機(インパルス無線方式の例)

課題

ミリ波W帯で送信用増幅器の高出力化を実現するには以下の課題がありました。

  1. トランジスタの動作速度つまり動作周波数は、電流となる電子がゲート電極の直下をいかに早く通過するかで決まります。トランジスタをミリ波帯という高い周波数で動作させるには、ゲート電極の長さ(ゲート長)を微細化することが重要です。一方で、高い出力電力を得るためには、高い電圧を印加してトランジスタを動作させることが有効です。しかし、GaN HEMTのゲート長を微細化し、高い電圧で動作させると、電子の速度が著しく増加して、一部の電子が本来の電流経路(電子走行層)を飛び出して保護膜にまで達し、そこに溜まってしまいます(図3)。その結果、高周波動作に寄与する電子の数すなわち高周波電流が減少してしまい、出力電力を増加させることが困難でした。

    図3. ミリ波用GaN HEMTトランジスタの断面図
  2. 送信用増幅器では、電力分配部にて複数の並列トランジスタに入力信号を分配し、各々のトランジスタで増幅した後、電力合成部で足し合わせることによって高い出力を実現しています(図4)。ところが、70 GHzを超える高周波では、高周波の複雑な信号分布の影響によって電力分配部や電力合成部で信号が減衰し、期待する出力が得られません。そのため、ミリ波帯用の電力分配・合成モデルを構築して、複雑な信号分布を考慮しつつ、期待する出力が得られるように設計する必要がありました。

    図4. ミリ波W帯送信用増幅器の構成

開発した技術

今回、上記の課題を解決するために、以下の技術を開発しました。

  1. GaN HEMT保護膜の最適化

    電子走行層を逸脱した電子が保護膜に留まる原因を調査した結果、保護膜として用いた窒化珪素内部に結晶性の不完全(欠陥)部分が存在するためであることを、分析により突きとめました。そこで、窒化珪素の組成や結晶構造を工夫し、結晶不完全性が少なく電子が留まりにくい性質を備えた保護膜を形成しました。その結果、高周波電流を従来の2倍以上に増加させることに成功しました。

  2. 電磁界解析による電力分配・合成モデルの構築

    電力分配・合成部の物理形状に基づいて、高周波信号の複雑な信号分布を電磁界解析することにより、電力分配・合成部での信号減衰を高精度で回路設計に取り込むことに成功しました。その結果、設計精度を約15%高めることができました。


    図5. 開発したGaN HEMT送信用増幅器とその特性

    図6. 他のミリ波W帯送信用増幅器との比較

効果

上記の技術を用い、ミリ波W帯の無線通信装置向けに送信用増幅器を開発しました。今回開発した送信用増幅器は最大出力電力1.3 Wと、GaN HEMTを用いた送信用増幅器の中でも、この周波数帯では1チップの集積回路として世界最高出力を達成しました(図6)。

さらに、従来のガリウム砒素を用いた場合に比べ送信出力が約16倍増となります。昨年開発したGaN HEMT受信用増幅器とともに使用すれば、従来のガリウム砒素を用いて送受信機を構成した場合に比べて通信距離が約6倍に伸びることが期待されます。これにより、ミリ波帯無線通信装置の適用範囲を拡大できるとともに、降雨による信号の減衰があっても十分な出力の信号が得られるので通信品質も確保できます。

今後

富士通および富士通研究所は今回開発したGaN HEMT送信用増幅器のさらなる性能向上と周波数帯域の拡大を行い、ミリ波を利用した基幹回線や、超高速の無線アクセスなどに広く適用していく予定です。

商標について

記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。

以上

注釈

  注1 株式会社富士通研究所:
代表取締役社長富田達夫、本社 神奈川県川崎市。
  注2 ミリ波W帯:
75 GHzから110 GHzの周波数帯の総称。高速無線通信、自動車レーダー、イメージセンサーなどの用途がある。
  注3 窒化ガリウム(GaN):
高温でも安定して動作可能なワイド・バンドギャップ半導体で、シリコン(Si)やガリウムヒ素(GaAs)など従来の半導体材料に比べ、電圧による破壊に強いという特長がある。
  注4 HEMT:
高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor)。バンドギャップの異なる半導体の接合部にある電子が、通常の半導体内に比べて高速で移動することを利用した電界効果型トランジスタ。1980年に富士通が世界に先駆けて開発。現在、衛星放送用受信機や携帯電話機、GPSを利用したナビゲーションシステム、広帯域無線アクセスシステムなど、IT社会を支える基盤技術として広く使用されている。
  注5 デジタルデバイド:
情報格差ともいう。情報通信技術(特にインターネット)の恩恵を受けることのできる人(地域)とできない人(地域)の間に生じる経済格差を指す。

関連リンク

本件に関するお問い合わせ

株式会社富士通研究所
基盤技術研究所 先端デバイス研究部
電話: 046-250-8229(直通)
E-mail: gan-hemt-press@ml.labs.fujitsu.com


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