
PRESS RELEASE
2025年3月24日
富士通株式会社
ダイヤモンドスピン量子ビットの高精度量子ゲート操作技術を開発
誤り訂正を可能にする、エラー確率0.1%未満の高精度操作に世界で初めて成功
当社はこのたび、Delft University of Technology(注1)(以下、デルフト工科大学)、およびデルフト工科大学にある世界有数の量子技術研究機関であるQuTechとともに、ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータの量子ゲート操作において、世界で初めて誤り耐性量子計算(FTQC)を行う上で重要な誤り訂正を可能にする、エラー確率0.1%未満の操作精度を達成しました。これは、超伝導方式など、既存の量子コンピュータの方式の中でも世界最高水準の精度であり、ダイヤモンドスピン方式を大規模化することで誤り訂正による量子計算エラーの低減が可能であることを示した重要な成果です。本成果は、応用物理に関する最高水準の研究成果を扱う米国物理学会刊行の科学論文誌であるPhysical Review Applied誌に2025年3月21日に掲載されました。
本技術は、量子ゲート操作を行っている間に量子ビットにノイズが入らない工夫と、量子ゲート操作を正確に評価して最適設計を行うことができる評価手法(ゲートセットトモグラフィ(注2))を適用することで高精度な量子ゲート操作を実現したものです。任意の量子計算に最低限必要とされるユニバーサルゲートセット(注3)(Hゲート、Tゲート、CNOTゲート)を構成できる量子ゲート操作一式に対して99.9%を超える高精度操作を実現しました。
今後、当社は、QuTechとともに、適用する量子ビットの数を増やす取り組みを、光量子チップや制御回路の開発と合わせて進め、ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータの早期実用化に向けた研究を推進していきます。
背景
量子コンピュータを実現する方式の一つであるダイヤモンドスピン方式は、ダイヤモンド結晶の中に存在するカラーセンターと呼ばれる特殊な欠陥によって形成されるスピン(電子スピンおよび核スピン)を量子ビットに用いる方式です。ダイヤモンド中のスピンは、量子状態を保持できる時間(コヒーレンス時間)が長いため、高性能な量子ビットとして期待され、また超伝導量子ビットの典型的な動作温度(-273.13℃付近)よりも高温(-269℃付近)で動作するため、小型の冷凍機で対応できます。さらに、ダイヤモンドスピン量子ビットは、光の基本粒子である光子を用いることで相互に量子状態を伝送できる光接続が可能なため、量子ネットワークを介した分散型計算などにより、スケーラブルな量子コンピュータを実現できることが期待されています。
一方、量子コンピュータの実用化には、FTQCの実現が不可欠ですが、誤り訂正操作によってエラーを減らすには、訂正操作が逆効果にならないように、基本操作である量子ゲート操作の精度の高さが求められ、目安としては、精度99.9%以上を満たす必要があります。
開発技術の概要
このたび、当社とQuTechの開発チームは、量子誤り訂正が可能なレベルの高精度量子ゲート操作を実現するにあたり、以下の技術を開発しました。
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環境ノイズを低減するデカップリングゲート(注6)の設計
上述の2量子ビットの系に対して、環境ノイズを切り離すデカップリングゲートを設計し適用しました。これによりそれぞれの量子ビットの状態を、極限まで安定化させることが可能になりました。 -
ゲートセットトモグラフィの適用
高精度な量子ゲート操作の評価手法であるゲートセットトモグラフィを、ダイヤモンドスピン量子ビットに世界で初めて適用して、量子ゲート操作を最適化しました。これによりゲートエラーに関する完全な情報が手にはいり、ゲートパルスの強度など、量子ゲート操作の全てのパラメータに対する最適化が可能になりました。

これらの技術により、ダイヤモンドスピン量子ビットにおいて、任意のユニタリ演算(注7)を任意の精度で近似するために必要な最低限のゲートセットであるユニバーサル量子ゲートセットで、高精度の量子ゲート操作を実現しました。1量子ビット操作については、電子スピン量子ビットで99.99%、窒素核スピン量子ビットで99.999%の精度を達成しています。
これらは量子誤り訂正を行うために必要とされる精度を超えるものです。さらに、研究チームは、2つの量子ビット間で量子状態を繰り返し交換するテストシーケンス(量子状態交換シーケンス)を実行することで、量子ゲート操作の特性を評価しました。その結果、約800個の量子ゲート操作で構成される50回の量子状態交換シーケンスにおいても量子状態を正確に予測できることが示されました。
今後について
今後は、本技術を核スピンの数を増やした系に適用していくほか、離れた電子スピン量子ビット同士を高精度に光接続する技術を開発することで、扱える量子ビットの数を増やしていきます。さらには、これら量子ビットと光回路との集積やクライオCMOS(注8)を用いた制御回路との集積技術開発など、スケーラブルな量子コンピューティングシステム実現に向けた研究開発を加速していきます。
デルフト工科大学 教授 Tim Taminiau(ティム タミニアウ)のコメント
ダイヤモンドスピン方式の量子コンピュータの実現には、この先も長く困難な道のりがありますが、今回99.9%を超える高精度なゲート操作を実証したことは、量子計算を拡張する重要な要件を満たしたことになります。
富士通株式会社 富士通研究所 フェロー 兼 量子研究所長 佐藤 信太郎 のコメント
今回の結果は、実用的量子コンピュータ実現を目指すうえで、ダイヤモンドスピン方式の高いポテンシャルを示すものです。本技術を活用し、今後ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプ機開発を目指します。
商標について
記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
注釈
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注1Delft University of Technology:
所在地 オランダ王国 南ホラント州、学長 ティム ファンデルハーゲン -
注2ゲートセットトモグラフィ:
量子ゲート操作一式の完全な記述を自己整合的に推定することができるという特徴をもった量子ゲート操作の評価方法 -
注3ユニバーサルゲートセット:
任意の量子ゲートを任意の精度で近似して実行するために必要となる量子ゲート一式 -
注4Element Six:
正式名称 Element Six UK Ltd. 、所在地 英国 オックスフォードシャー州 ディドコット、CEO シオーバン・ダフィー -
注5NVセンター:
ダイヤモンドの結晶中で隣接する2つの炭素原子が窒素原子と空格子点 (炭素原子の欠落) で置換される欠陥。欠陥で捕獲された電子はスピン (量子ビット) を与え、これは光学的に測定可能 -
注6デカップリングゲート:
量子ビットと環境との相互作用(デコヒーレンス)を抑え、量子情報の保持時間を延ばすために用いられる制御パルスシーケンス -
注7ユニタリ演算:
量子状態の重ね合わせの位相や振幅を変化させるが、ノルム(大きさ)を保存する可逆的な変換 -
注8クライオCMOS:
主に量子ビットを駆動することを目的に開発が進んでいる極低温でも動作する半導体集積回路
当社のSDGsへの貢献について
2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は、世界全体が2030年までに達成すべき共通の目標です。当社のパーパス(存在意義)である「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」は、SDGsへの貢献を約束するものです。

本件に関するお問い合わせ
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0120-933-200(通話無料)受付時間: 9時~12時および13時~17時30分(土曜日・日曜日・祝日・富士通指定の休業日を除く)
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