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PRESS RELEASE (技術)

2010年6月3日
富士通株式会社
株式会社富士通研究所

世界最高水準のミリ波帯受信機向け超低雑音トランジスタの開発に成功

イメージセンサーの画像取得時間が半減するほか、デジタルデバイド解消にも貢献

富士通株式会社(以下、富士通)と株式会社富士通研究所(以下、富士通研究所)(注1)は、当社独自の“空洞”構造を有するインジウムリン高電子移動度トランジスタ(以下、InP HEMT)(注2)において、94ギガヘルツ(以下、GHz)(注3)のミリ波帯で、トランジスタ自体から発生する雑音を従来比約30%減(注4)となる0.7デシベル(以下、dB)以下に低減することに成功し、世界最高水準の低雑音特性を実現しました。

この低雑音化技術により、ミリ波帯受信機の感度が向上します。これにより、主要空港で導入が進むテロ防止用イメージセンサー(注5)の画像取得時間がほぼ半減します。また、光通信並みの大容量無線の通信距離が約20%伸びるため、光ファイバーの敷設が困難な地域で基幹回線の代替として利用することにより、デジタルデバイド(注6)の解消にも貢献できます。

本研究の一部は総務省委託研究「電波資源拡大のための研究開発」の一環として実施したものです。なお、本技術の詳細は、5月31日から6月3日まで香川県高松市で開催されている国際会議「IPRM 2010 (22nd International Conference on Indium Phosphide and Related Materials)」にて発表いたしました。

開発の背景

周波数が30 GHzから300 GHzのミリ波と呼ばれる電波は、光や赤外線とは異なり、薄壁や布地を通り抜ける性質(透過性)を備えています。昨今、世界各国の主要空港などでは、テロ防止やセキュリティ確保の理由から、ミリ波の透過性を利用するイメージセンサーの導入が検討されています。

一方、ミリ波は、商用無線局が少なく、広い周波数帯域の確保が容易なことから、毎秒数ギガビットを越える大容量データの伝送にも適した電波です。ミリ波の大容量通信装置は、光ファイバー網の敷設が困難な地域における基幹回線の代替として利用でき、デジタルデバイドの解消にも役立ちます。

イメージセンサーは人や物体が放射する微弱なミリ波を受信する必要があり、ミリ波の大容量通信装置は送信機から送られて空中を伝播するうちに弱まった電波をキャッチする性能が必要です。どちらの用途においても、微弱なミリ波を受信できる高感度なミリ波帯受信機が求められています。


図1. ミリ波の性質と応用

課題

ミリ波帯受信機(図2)の高感度化には、内部の増幅器に使われる高電子移動度トランジスタ(以下、HEMT)に対して、高い信号増幅率とともに発生する雑音を抑える必要があります。HEMTの内部雑音が大きいと、それが邪魔をして微弱な受信電波を検出できません。

従来、高い信号増幅率と低雑音性を得るために、HEMTを微細化する手法がとられてきました(図3a)。しかし、微細化には特殊な加工装置が必要な上、歩留りや均一性の低下を招くことから限界があります。そこで、従来とは異なる手法で、高信号増幅率化と低雑音化を進めることが課題となっていました。


図2. ミリ波帯受信機の構成

開発した技術

今回、雑音発生メカニズムの解析に基づく独自の低雑音化技術を開発しました。開発した技術は以下の通りです。

  1. InP HEMTに“空洞”構造を導入

    従来のInP HEMTでは、ゲートとソース・ドレイン間の結合容量が大きいと、ミリ波帯での信号増幅率が下がるという問題がありました。そこで当社は、ゲート電極周辺部の層間絶縁膜を除去して“空洞”を形成することで、結合容量を低減しました。この技術は、総務省委託研究としてInP HEMTの高速化を目的に開発したものですが、“空洞”による結合容量の低減が低雑音化にも有効であることを初めて実証しました。

  2. T型ゲート(注7)電極によるゲート抵抗低減

    HEMTのゲート電極は雑音発生源となるため、雑音を低減するにはゲート抵抗の削減が効果的です。そのため、家庭用衛星放送受信機などに用いる低周波用HEMTでは、微細電極の上部に低抵抗のヘッド電極をのせたT型ゲートにより、ゲート抵抗を下げ、低雑音性を実現しています。ところが、94 GHz帯では、低抵抗のT型ゲートを用いても、T型ゲートとソース・ドレインとの距離が狭まるため、かえって結合容量による雑音が増大します。今回、94 GHz帯においても”空洞”構造を適用すれば、T型ゲート利用時の結合容量を低減できることが確認できました。さらに、T型ゲートのヘッド長を大きくすることにより低雑音化が可能となることを実証しました。


図3. 従来構造(a)と“空洞”を有するInP HEMT(b)の断面模式図

図4. 開発技術によるトランジスタ雑音の低減効果(94 GHz)

効果

開発した技術を用いて、ゲート長75ナノメートル(注8)のInP HEMTを作製しました(図3b)。その結果、従来に比べてトランジスタ内部雑音を30%カットすることに成功しました(図4)。トランジスタ内部雑音の指標である雑音指数(注9) は0.7デシベルを下回り、世界最高水準の低雑音性能を達成しました。

開発したHEMTを用いて増幅器を構成することにより、ミリ波帯受信機の感度が向上し、イメージセンサーの画像取得時間がほぼ半減するほか、ミリ波大容量通信装置の通信距離が約20%伸びる効果が期待できます。その結果、空港などでのスピーディーなセキュリティチェックや光ファイバー並み大容量通信が実現し、暮らしに安心と快適を提供するミリ波帯システムの普及を加速します。

今後

今後は、開発した低雑音InP HEMTを用いた増幅器を高性能イメージセンサーや大容量通信装置に搭載し、2012年に実用化を進める予定です。さらに、電波天文や地球環境観測など幅広い分野にも展開していきます。

以上

注釈

  注1 株式会社富士通研究所:
代表取締役社長富田達夫、本社 神奈川県川崎市。
  注2 インジウムリン高電子移動度トランジスタ(InP HEMT):
HEMT(High Electron Mobility Transistor)は、1979年に富士通研究所の三村高志博士が発明した、高速・低雑音性にすぐれたトランジスタ。基板にインジウムリン(InP)を用いることで、従来のガリウムヒ素HEMTより高速で低雑音を実現できる。
  注3 94ギガヘルツ(GHz):
GHzは周波数の単位で、1 GHzは10億ヘルツ。主に94GHzは、現在イメージセンサー用に使われている。
  注4 従来比約30%減:
2007年6月7日に発表した「ミリ波イメージセンサー用の超低雑音・高利得増幅器を開発」と比較。
  注5 イメージセンサー:
物体から放射される熱雑音のうち、ミリ波帯(35 GHz帯や94 GHz帯など)における信号を受信して物体の画像情報を得るシステム。
  注6 デジタルデバイド:
情報格差ともいう。情報通信技術(特にインターネット)の恩恵を受けることのできる人(地域)とできない人(地域)の間に生じる経済格差を指す。
  注7 T型ゲート:
断面形状がアルファベットのTのような電極形状を有するゲート。半導体との接触面を形成する下部は微細加工により非常に細く、トランジスタの高速動作が可能な構造になっているのに対し、上部はトータルのゲート抵抗が小さくなるように厚みと膨らみをもたせている。高速性と低雑音性の両立に適している。
  注8 ナノメートル:
長さの単位で、1ナノメートル(nm)は1ミリメートル(mm)の100万分の1。
  注9 雑音指数:
Noise Figure(NF)ともいう。増幅器の使用可能な最低入力レベルを決める値。この値が小さくて信号増幅率の大きな増幅器を前段に用いることで、前段以降の回路の雑音指数の影響が少なくなり、受信感度が良い受信機を構成することができる。

本件に関するお問い合わせ

株式会社富士通研究所
基盤技術研究所 先端デバイス研究部
電話: 046-250-8244(直通)
E-mail: kikan-press@ml.labs.fujitsu.com


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