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[ PRESS RELEASE ](技術)
2004-0170
2004年9月10日
東京大学
富士通株式会社

温度によって光出力が変化しない量子ドットレーザーの開発に成功

〜世界初! 電流調整せずに20℃から70℃で10Gbps動作を実証〜

東京大学(注1)荒川泰彦教授グループと富士通株式会社は、量子ドット(注2)を用い、従来の半導体レーザーでは不可能であった、温度による光出力特性の変化を抑制した量子ドットレーザーの開発に成功しました。開発した量子ドットレーザーは、温度による光出力の変動が非常に小さく、レーザーの駆動電流を調整することなく、20℃から70℃の範囲で、毎秒10ギガビット(以下、Gbps)の高速動作を実現しています。今回開発した技術により、開発が進む光メトロ・アクセスシステム(注3)や高速光LAN(注4)向け光送信器の小型化・低消費電力化・低コスト化が可能となります。

今回の技術の開発は、文部科学省のITプログラム世界最先端IT国家実現重点研究開発プロジェクトおよび(財)光産業技術振興協会が独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から受託したプロジェクトにおいて実施致したものです。

本技術の詳細は、9月5日から9日までストックホルムで開催された光通信分野の国際会議「European Conference and Exhibition on Optical Communication 2004(ECOC 2004)」のポストデッドライン論文として発表しました。

【開発の背景】

光メトロ・アクセスシステムや高速光LANへの応用において、光源である半導体レーザーには、小型化・低消費電力化・低コスト化のために、冷却器なしで高温まで高速な動作をすることが求められています。現在、歪量子井戸をレーザーの発光部に用いることで、85℃まで10Gbpsで高速動作をする半導体レーザー(以下、歪量子井戸レーザー)が実用化されています。

【課題】

しかし、この歪量子井戸レーザーでは、周囲温度によってレーザーの光の出力が変化してしまうため、周囲の温度に応じて常に駆動電流を調整することが必要です。このため、周辺回路が必要になり、光メトロ・アクセスシステムや高速光LANで求められる小型化・低コスト化・低消費電力化への対応には限界がありました。

【開発した技術】

今回開発したのは、温度による特性の変化が極めて少ない半導体レーザーです。開発した半導体レーザーの発光部には、3次元のナノ構造体である量子ドットを用いています(図1)。量子ドットレーザーが温度に依存せずに動作することは、東京大学荒川教授によって1982年に理論的に予測されていましたが、これまでは低温での動作しか実現されていませんでした。

今回、量子ドットを10層に多層化して高密度化するとともに、P型の不純物を量子ドットの極めて近い部分に導入することで増幅利得を高め、さらに高速変調向けに寄生容量が小さいレーザー構造を適用することで、温度の変化に対して光の出力が変化しないレーザーを、室温より高い温度で高速に動作させることに成功しました。

【効果】

光通信用の波長である1.3マイクロメートル帯向けレーザーとして、20℃から70℃の範囲で駆動電流を調整することなく10Gbpsの高速変調動作を実現しました。10Gbpsの高速変調動作は、通信波長帯の量子ドットレーザーとしては世界最高速となります。

図2左に、開発した量子ドットレーザーの光出力特性を20℃から100℃まで10℃刻みで示します。光出力特性は、20℃から50℃ まで温度に依存せず殆んど一定です。また、50℃以上の温度でも効率(特性の傾き)は一定であり、70℃まではその変化はわずかです。図2右の従来の典型的な歪量子井戸レーザーに比べ、量子ドットレーザーでは極めて高い温度安定性が実現しています。

図3の上段に、開発した量子ドットレーザーの20℃と70℃における10Gbps変調波形を示します。レーザーに注入する電流は両方の温度で同一にもかかわらず、消光比(注5)7デシベルのきれいな出力パターンが得られています。図3の下段は、歪量子井戸レーザーの同条件での変調波形ですが、70℃では出力が低下して出力パターンが崩れるとともに、波形が乱れていることが分かります。

図4は、10Gbps変調動作における平均光出力の変化を温度に対してプロットしたものです。歪量子井戸レーザーでは平均出力が温度ともに大きく低下するのに対して、量子ドットレーザーの平均出力の変化は5%以下でほとんど変化していません。

今回得られた特性は、レーザーを駆動するための回路の大幅な簡易化につながり、将来の光メトロ・アクセスシステムや高速光LANなどに向けた小型・低消費電力・低コストの光送信器実現を可能とするものです。

【今後】

今後、実用化に向けた温度範囲の拡大や動作波長の単一化の検討を進め、2007年までに実用化技術の確立を目指します。

以上

図1 量子ドットレーザーの構造
図1 量子ドットレーザーの構造
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図2 電流−光出力特性の温度依存性
図2 電流−光出力特性の温度依存性
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図3 定電流駆動での20℃と70℃での10Gbps変調波形
図3 定電流駆動での20℃と70℃での10Gbps変調波形
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図4 定電流駆動での平均光出力の温度による変動
図4 定電流駆動での平均光出力の温度による変動
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注釈

(注1)東京大学:
総長 佐々木毅、所在地 東京都文京区。
(注2)量子ドット:
ナノサイズの構造である量子ドットでは、量子閉じ込め効果によって極めて効率の良い半導体レーザーが実現する。現在、インジウム砒素の量子ドットを用い、通信用光源としての実用化を目指した研究が活発に進められている。半導体レーザーの発光部である活性領域に量子ドットを用いる量子ドットレーザーは、1982年に東京大学の荒川と榊によって提案された[Y. Arakawa and H. Sakaki:Appl. Phys. Lett., 40, 939 (1982)]。
(注3)光メトロ・アクセスシステム:
光ファイバーを使った都市内(メトロ)や加入者系(アクセス)の通信システム。光ファイバー通信は大都市間を結ぶ長距離の通信システムから導入がスタートしたが、ブローバンド化にともない、各家庭をはじめとするユーザーに近い領域への普及が現在急速に進んでいる。
(注4)高速光LAN:
高速のデータ転送を実現するために、機器間の接続に光ファイバーを用いたLAN(ローカルエリアネットワーク)。現在、毎秒10ギガビットまでの方式が標準化されている。
(注5)消光比:
データのレベル0とレベル1に対応する光の強さの比で、変調特性を表す指標の1つ。現在の光通信では光の強さの違いをデジタルデータの0と1に割り当てており、この値が大きいほどデータを確実に識別できる。

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