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[ PRESS RELEASE ] 2002-0084
平成14年4月12日
株式会社富士通研究所

高誘電率ゲート絶縁膜開発を加速するシミュレーション利用技術


株式会社富士通研究所(社長:藤崎 道雄、本社:川崎市)は、次世代半導体開発の重要課題である高誘電率ゲート絶縁膜の材料開発を効率的に行うため、絶縁膜材料の熱的性質や電気的性質を予測するシミュレーション利用技術を開発いたしました。
シミュレーションには、富士通グループが開発、販売している分子動力学計算用ソフトウェアWinMASPHYC(ウインマスフィック)など数種類のプログラムを用いています。
今回開発したシミュレーション技術を活用することにより、次世代以降の微細CMOSに不可欠な高誘電体ゲート絶縁膜材料を少ない資源で効率的に開発できるものと期待されます。
なお、本技術の関連発表を、3月27日から東海大学湘南校舎で開催された応用物理学会で行いました。

【開発の背景】

シリコンデバイスにおいては、これまで、シリコン酸化膜(SiO2膜)がゲート絶縁膜(*1) として用いられてきました。しかし、デバイスの微細化に伴ってシリコン酸化膜が数ナノメートル(nm) (*2)以下にまで薄くなると、トンネリング(*3)による漏れ電流が発生すること、ホウ素などの不純物が上部のゲート電極から絶縁膜中へ拡散したり、更には下部のシリコン基板へ突き抜けたりすること、などによる信頼性低下が問題になってきます。
そこで、SiO2膜にかわるものとして、電気特性を低下させずにゲート絶縁膜だけを厚くできる高誘電率ゲート絶縁膜の開発が盛んに行われています。現在、このための材料は絞りきれておらず、いくつもの酸化物が候補にのぼっています。ハフニア(HfO2)、およびそのシリケート(Hf−Si−O)とアルミネート(Hf−Al−O)などは有力な候補材料と考えられています。
しかし、いずれの候補材料もいくつかの問題をかかえています。それらは、たとえば以下のようなものです。
  1. 高誘電率ゲート絶縁膜材料には均質性が求められるため、一般に、アモルファス構造と呼ばれる一様に不規則な原子配置をもっていることが望まれます。しかし、半導体製造プロセス中で高温にさらされるため、しばしば絶縁膜が部分的に結晶化や相分離(*4)を起こして均質でなくなってしまいます。

  2. 酸化物系のゲート絶縁膜中には、電荷を捕獲してデバイス特性に悪影響を与える欠陥が、しばしば多く存在します。酸素欠損や過剰酸素などの固有欠陥は、その原因の一つと考えられます。
これらの問題を解決するためには、絶縁膜用材料の組成を調整する必要がありますが、さまざまな組成について実際に成膜と評価を繰り返すのは、多くの時間と労力と試作のための資源とを要します。

【開発した技術】

今回開発したのは、次のようなシミュレーション利用技術です。
  1. 新たに開発した原子間の相互作用ポテンシャルを用いた古典的分子動力学法(*5)のシミュレーションにより、高誘電率ゲート絶縁膜材料の熱的性質の組成依存性を予測する技術。
  2. 上記の古典的分子動力学シミュレーションと、量子力学に基づいた大規模シミュレーションとを連携させて、ゲート絶縁膜材料中の構造欠陥の電気的性質を予測する技術。

開発したシミュレーション利用技術により、次のことがわかりました。
  1. 結晶化や相分離の抑制効果の組成依存性 ハフニア(HfO2)、およびそのシリケートとアルミネート(Hf (ハフニウム)−Si−O及び Hf−Al−O混合系)について熱処理のシミュレーションを行い、結晶化が進行していく様子をコンピュータ上で観察しました。シリケートの例を図に示します。 シミュレーションの結果、シリケートやアルミネートにおいては、SiあるいはAlの濃度が高ければ結晶化や相分離は抑制されることがわかりました。しかし、高い誘電率を確保するには、SiやAlの濃度はできるだけ低く抑える必要があります。 そこで、HfとSiやAlの組成比を様々に変化させてシミュレーションを行った結果、結晶化や相分離を抑制するには、SiあるいはAlの割合がそれぞれ、少なくとも10 あるいは15%を超えている必要があることがわかりました。また、組成を変えたことによる結晶化・相分離の抑制効果の大きさを見積もることが可能になりました。

  2. 酸素欠損、過剰酸素などの構造欠陥がデバイス特性に及ぼす影響の分離 ゲート絶縁膜材料は一般にアモルファス構造とるため、これまで、欠陥構造の特定が難しく、その電気的性質を調べることは困難でしたが、今回開発した技術を適用することにより、アモルファス構造をもつゲート絶縁膜材料に関しても、欠陥の電気的性質を個別に調べることが可能になりました。 高誘電率ゲート絶縁膜材料の候補の一つであるアモルファスAl2O3(アルミナ)中の酸素欠損や過剰酸素に対してこの技術を適用した結果、それぞれがMOSトランジスタの動作電圧に及ぼす影響を分離することができました。
今回開発したシミュレーション技術を利用することにより、高誘電率ゲート絶縁膜の熱的性質の組成依存性や基本的な電気的性質を、試作に先立って予測することができます。今後は、さらに高度なシミュレーション技術の開発を行い、これらを有効に利用することで、半導体開発の効率化、省資源化を図ってまいります。
なお、開発した原子間ポテンシャルや解析ツールなどは、分子動力学計算用ソフトウェアWinMASPHYCに順次取り入れていく予定です。


【用語解説】

*1:ゲート絶縁膜
MOS(Metal-Oxide-Semiconductor) トランジスタでゲート電極をシリコン基板から電気的に絶縁している膜。
* 2:ナノメートル(nm )
長さの単位。1 nmは1 mの10億分の1。水素原子のおよそ10倍の大きさです。
* 3:トンネリング
絶縁膜が非常に薄くなると、量子効果によって電子が、まるでトンネルを抜けるように、通常は電気を通さない絶縁膜を突き抜けることができるようになります。この現象をトンネリングと言います。
* 4:相分離
ここでは、均一な一つの混晶の状態(相)が、温度、圧力などの変化により、組成比や原子配列の異なる二つの状態に分離することを指しています。一般には、液相―固相、気相―固相などの分離も含まれます。ゲート絶縁膜中でこの現象が起こると、膜が不均一になります。
* 5:古典的分子動力学法
物質を構成する原子や分子の運動を、原子間の相互作用ポテンシャルを仮定し、古典力学に従って記述する計算手法の一つです。量子力学に基づいたシミュレーション手法と比べて、電気的な性質を調べるには必ずしも向いていませんが、より多くの原子からなる系を扱うことが可能です。熱処理による結晶化の進行のような、経過時間に依存した振る舞いを調べることが可能であり、材料の開発、設計、評価の有効な手段の一つです。
【商標について】

記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。

以 上




(a) 熱処理前 (b)熱処理開始後10億分の4秒
(a) 熱処理前
(b)熱処理開始後10億分の4秒
動画 (約6秒)
(Windows Media Player)

図 1000℃の熱処理温度で、Siの割合15%のHfシリケートの結晶化が進行する様子。緑の球がHf原子、黄色の球はSi原子。結晶化の様子を見やすくするため、O原子は示されていません。この図では、縦4.2nm、横.3.3nm、奥行き3.3nmの領域が示されています。下側の、原子が整列した部分がHfO2結晶で、その上の部分がアモルファス状のHfシリケートです。図には示されていませんが、アモルファス領域の上部にもHfO2結晶が存在しています。時間の経過に従って、原子が整列した結晶化領域が増加します。(左の図をクリックすると結晶化の進行の様子を動画でご覧いただけます。)

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