PRESS RELEASE (技術)
2016年1月25日
富士通株式会社
株式会社富士通研究所
世界最高出力性能を有するW帯向け窒化ガリウム送信用パワーアンプの開発に成功
従来の1.8倍の出力性能を達成し、高速無線ネットワークで30%超の長距離化を実現
富士通株式会社(以下、富士通)と株式会社富士通研究所(注1)(以下、富士通研究所)は、半径数キロメートル(km)規模をカバーする大容量無線ネットワークに適用可能な、窒化ガリウム(GaN)(注2)高電子移動度トランジスタ(HEMT)(注3)を利用したW帯(75から110ギガヘルツ(以下、GHz))向けの送信用高出力増幅器(以下、パワーアンプ)を開発しました。
光ファイバーの敷設が困難な地域などにおいて、毎秒数ギガビット以上の高速無線通信を実現するには、広い周波数帯域を利用できるW帯などの高周波数帯を使った無線通信が有望ですが、数km以上の遠距離伝送には、パワーアンプの出力電力をワット級まで高める必要があります。
今回、100GHzにおいて高い出力が可能なGaN-HEMT技術を応用し、W帯送信用パワーアンプの開発に成功しました。開発したパワーアンプを評価した結果、従来と比べて1.8倍の出力性能を確認しました。これにより高速無線ネットワークにおいて約30%の長距離化が可能となります。
本研究の一部は、情報通信研究機構の「高い臨時設営性を持つ有無線両用通信技術の研究開発」の一環として実施されました。
本技術の詳細は、1月24日(日曜日)から米国テキサス州オースチンで開催される国際会議「Power Amplifiers for Wireless and Radio Applications (PAWR2016)」にて発表します。
開発の背景
近年、大勢の人が集まるイベントや災害時など一時的に大量の通信を必要とする場合や、光ファイバーの敷設が困難な離島などの地域などに、大容量の高速無線通信ネットワークを構築するため、W帯(75から110GHz)と呼ばれる高い周波数帯を利用した無線通信技術が注目されています。W帯は、現在携帯電話やスマートフォンなどで利用している0.8から2.0GHzの周波数帯に比べて電波を使用できる周波数帯の幅が50倍以上と広く、通信速度を50倍以上に高速化することができるため、このような大容量無線通信に向いている周波数とされています。
課題
無線によって、数km以上の遠距離伝送を実現するためには、送信用のアンテナにワット級の高出力のパワーアンプが必要です。従来ミリ波帯(30から300GHz)などの高周波数帯のパワーアンプで用いられていた、ガリウムヒ素やCMOS半導体は、動作電圧に限界があり0.1ワット程度までしか出力を高められませんでした。
また、マイクロ波帯(3から30GHz)では高出力のパワーアンプを実現可能なGaN-HEMTは、これまで、W帯では出力性能が低下してしまうという課題がありました。
こうした課題に対応するため、ミリ波帯で高出力化が可能な独自構造のGaN-HEMTデバイス(注4)を開発してきました(図1)。これは、インジウム系電子供給層である窒化インジウムアルミニウムガリウム(InAlGaN)層と2層窒化シリコン(SiN)保護膜により電流の密度を従来比1.4倍に高めたもので、100GHzと高い周波数においてトランジスタの出力電力についてゲート幅1mmあたり3.0ワットを達成しています。なお、トランジスタを開発するにあたり、デバイスシミュレーション技術を国立大学法人東京工業大学(注5) 宮本恭幸教授と共同で開発しました。
図1 GaN-HEMTデバイスの断面構造
開発した技術
今回、独自構造のGaN-HEMTデバイスを利用して、W帯において世界最高の出力性能となるパワーアンプの開発に成功しました(図2)。
パワーアンプの設計において高い出力性能を達成するために、まず、GaN-HEMTを高周波動作させたときの特性を高精度に測定してモデル化を行い、それをもとにGaN-HEMT2つを1組にした電力損失の少ない小型・高利得ユニットの回路設計を行いました。このユニットは最大パワーが得られるように配線やデバイスの配置を工夫した整合回路を用いてGaN-HEMTを直列に接続しています。
この小型・高利得ユニットのモデルを用いてユニット間の分配・合成部分の整合回路とその配置・配線をシミュレーションにより最適化することで、高い増幅度を持つパワーアンプを実現しました(図3)。試作したパワーアンプの増幅度は入力に対して80倍で、1.15ワットの出力電力を達成しました。パワーアンプの性能を表すトランジスタ当たりの出力電力は、世界最高のゲート幅1mmあたり3.6 ワットを実現しています。
図2 開発したW帯GaN-HEMTパワーアンプのチップ写真
図3 適用した小型・高利得回路
効果
開発したパワーアンプは、これまで発表されたW帯のパワーアンプと比較して1.8倍と、世界最高の出力性能を達成しました(図4)。これにより、数km離れた地点間での毎秒数ギガビット以上の高速無線通信を、従来と比べて約30%長距離化できます。
図4 GaN-HEMTパワーアンプの性能指標
今後
本技術を大容量・長距離無線通信が望まれるパワーアンプの開発に幅広く適用し、災害時に光ファイバーが断線した際や、イベント開催時に臨時的に設営する仮設通信インフラに適用できる高速無線通信システムの実用化を目指します。
商標について
記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
以上
注釈
- 注1 株式会社富士通研究所:
- 本社 神奈川県川崎市、代表取締役社長 佐相秀幸。
- 注2 窒化ガリウム(GaN):
- ワイドバンドギャップ半導体で、シリコン(Si)やガリウムヒ素(GaAs)など従来の半導体材料に比べ、電圧による破壊に強いという特長がある。
- 注3 高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor):
- バンドギャップの異なる半導体の接合部にある電子が、通常の半導体内に比べて高速で移動することを利用した電界効果型トランジスタ。1980年に富士通株式会社が世界に先駆けて開発し、現在、衛星放送用受信機や携帯電話機、GPSを利用したナビゲーションシステム、広帯域無線アクセスシステムなど、IT社会を支える基盤技術として広く使用されている。
- 注4 独自構造のGaN-HEMTデバイス:
- GaN-HEMT技術の詳細は2015年12月開催の国際学会「2015 IEEE International Electron Devices Meeting(IEDM 2015)」で発表。
- 注5 国立大学法人東京工業大学:
- 所在地 東京都目黒区、学長 三島良直。
本件に関するお問い合わせ
株式会社富士通研究所
デバイス&マテリアル研究所
046-250-8229(直通)
gan_press_ml@ml.labs.fujitsu.com
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