PRESS RELEASE (技術)
2016年1月12日
富士通株式会社
世界最大規模の磁化反転シミュレーターを開発し、
ジスプロシウム不要のネオジム磁石開発の指針を初めて提示
当社は、国立研究開発法人物質・材料研究機構(本部:茨城県つくば市、理事長:橋本 和仁、以下、NIMS)、株式会社富士通研究所(本社:神奈川県川崎市、代表取締役社長:佐相 秀幸)と共同で、2013年に開発した大規模磁化反転(注1)シミュレーション技術(注2)において、計算アルゴリズムのさらなる高速化と、大規模な並列計算の効率性を高めたことで、世界最大となる3億以上の微小な領域(メッシュ)に対応した磁化反転シミュレーターを開発しました。シミュレーションの実行にはスーパーコンピュータ「京」(注3)を活用しています。
さらに、本技術を活用し、永久磁石であるネオジム磁石(注4)が磁化反転する過程から、ネオジム磁石の微細構造と磁石の強さの関係性を明らかにする大規模シミュレーションを行いました。その結果、抗磁力(注5)の強化のために用いられるジスプロシウム(注6)を使用せずに、従来の2倍以上の抗磁力を持つ強力なネオジム磁石の開発指針を示すことに、シミュレーションによって世界で初めて成功しました。本シミュレーションの結果より、ジスプロシウムを必要としない強力なネオジム磁石の実現に向けた、新たな磁石材料の研究開発の加速化が期待できます。
なお当社とNIMSは、本成果を2016年1月11日(月曜日)から1月15日(金曜日)に米国カリフォルニア州サンディエゴで開催される「13th Joint MMM-Intermag Conference」で連名発表します。
背景
近年、省エネルギー化の機運の高まりに伴って、モーターや発電機のような磁性材料を利用した機器の高効率化が注目されています。そのような中、ハイブリッド電気自動車(HEV)や電気自動車(EV)では高効率化に加え、駆動モーターに使用されているネオジム磁石に含まれるジスプロシウムの資源問題から、ジスプロシウムを使用せずに高い抗磁力を実現できるネオジム磁石の開発が重要になってきています。
今回のシミュレーションの概要
当社はNIMSと共同で、2013年に有限要素法(注7)とマイクロマグネティックス(注8)を用いた大規模磁化反転シミュレーション技術を開発し、スーパーコンピュータ「京」によるシミュレーションを実行することで、強力な抗磁力を持つネオジム磁石のメカニズム解明に取り組んできました。これまでのネオジム磁石では、磁石が発生する磁界に反対向きの磁界を掛けても磁力を保つ力である抗磁力を高めるために、ジスプロシウムが使われてきました。抗磁力の高いネオジム磁石をジスプロシウムを使わずに実現する上で、まずネオジム磁石の磁化反転の過程を忠実にシミュレーションで再現する必要がありますが、そのためには1ナノメートル程度のメッシュに分割されたネオジム磁石のモデルを作成し、磁化反転が進行する様子を膨大な計算量に基づいてシミュレーションする必要があります。今回、このシミュレーション技術における計算アルゴリズムを改良するとともに、従来の約10倍に当たる10,000並列(注9)以上を使用した超大規模並列計算での効率的な処理を可能にしたことによって、従来の約60倍に当たる3億メッシュ以上の規模でのシミュレーションが可能な磁化反転シミュレーターを開発しました。
本シミュレーターを用いて、27個のネオジム磁石の結晶が磁気的に結合した多結晶モデル(図1、メッシュ数は約1億メッシュ)を作成し、結晶間の磁気的な結合の強さを変化させながら磁化反転過程をシミュレーションしました。その結果、結晶間の結合の強さによって磁化反転の進行の仕方が大きく異なることを発見し(図2)、シミュレーション上は、結晶間の横方向の結合を断つことによって、ジスプロシウムを使用せずとも従来の2倍を超える抗磁力を持つネオジム磁石が実現可能であることを世界で初めて解明しました。
これまでの実験においても、結晶間の縦方向の磁気的な結合を物理的に断つ実験は実現できていましたが、十分に高い抗磁力は得られていませんでした。今回のシミュレーションによって、結晶が縦方向に結合していても、横方向の結合を断つことができれば、抗磁力を飛躍的に高められることが判明し、ジスプロシウムを必要としない強力なネオジム磁石を開発する上での方針を、シミュレーションによって世界で初めて提示することができました。
図1. シミュレーションに用いた多結晶モデル
図2. 多結晶モデルの磁化反転のシミュレーション
今後
NIMSの「元素戦略磁性材料研究拠点」で実施されている文科省の「元素戦略プロジェクト」(注10)では、2017年にジスプロシウムを必要としないネオジム磁石を開発することを目標としています。目標の実現に向け、当社はNIMSと連携してスーパーコンピュータ「京」を活用した超大規模シミュレーションを継続し、ジスプロシウム不要の強力なネオジム磁石開発に向けた指針を示すことで、日本の産業界に貢献していきます。
商標について
記載されている商品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
以上
注釈
- 注1 磁化反転:
- 磁場や電流の影響によって、磁化の方向が反転すること。
- 注2 2013年に開発した大規模磁化反転シミュレーション技術:
- 2013年9月5日に発表済み。
- 注3 スーパーコンピュータ「京」:
- 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年に共用を開始した計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。「京(けい)」は理研の登録商標で、10ペタ(10の16乗)を表す万進法の単位であるとともに、この漢字の本義が大きな門を表すことを踏まえ、「計算科学の新たな門」という期待も込められている。本シミュレーションは「京」の一般利用課題hp150014(研究代表者:国立大学法人 東京大学 合田義弘)において実行。
- 注4 ネオジム磁石:
- ネオジム(Nd)、鉄(Fe)、ホウ素(B)を主成分とする希土類磁石のひとつで、最も強力な永久磁石。ネオジムは希土類元素(レアアース)に分類されるが、地球上では珍しい元素ではなく、コバルト、ニッケル、銅などの普通金属と同様に存在する。
- 注5 抗磁力:
- 磁石が、自らの発する磁力に対抗する磁界をかけても磁石としての働きを維持できる力。電気自動車の駆動モーターに使われるネオジム磁石には高い抗磁力が求められるため、資源的に希少なジスプロシウム(Dy)が使われている。
- 注6 ジスプロシウム:
- 希少な希土類元素である重レアアースのひとつ。同じく重レアアースであるテルビウム(Tb)と同様に、ネオジム磁石の抗磁力を高めるのに効果的な元素であるが、地球上の存在比がネオジムの10%程度であるため、使用量の削減が大きな課題となっている。
- 注7 有限要素法:
- 構造解析や電磁界解析で広く適用されている数値解析手法のひとつ。
- 注8 マイクロマグネティックス:
- 磁性材料の内部の微細な磁化状態を解析する手法。計算機シミュレーションにおいては、磁性材料を数原子程度の領域に分割する必要があるため膨大な計算時間を要す。
- 注9 並列:
- 計算速度を高めるため、複数のCPUコアで並列演算をする方法を並列計算といい、その際のCPUコアの数を並列数という。
- 注10 元素戦略プロジェクト:
- 文部科学省が実施している事業。物質・材料の機能・特性の発現機構を明らかにすることで、希少元素や有害元素を使うことなく、高い機能をもった物質・材料を開発することを目的とする。NIMSには本プロジェクトの磁石研究の拠点として「元素戦略磁性材料研究拠点」が設けられており、次世代の永久磁石材料の開発を推進している。
関連リンク
技術に関するお問い合わせ
次世代テクニカルコンピューティング開発本部
044-754-8768(直通)
contact-hpc-application@cs.jp.fujitsu.com
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