PRESS RELEASE
2015年9月28日
国立大学法人東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
株式会社富士通研究所
日本電気株式会社
単一光子源方式で世界最長となる120km量子暗号鍵伝送に成功
究極の都市圏セキュア通信の実用化に弾み
国立大学法人東京大学 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構(機構長:荒川泰彦=生産技術研究所教授、以下 東大(注1))の荒川泰彦教授らと株式会社富士通研究所(社長:佐相秀幸 本社:川崎市中原区、以下 富士通研(注2))、日本電気株式会社(社長:遠藤信博 本社:東京都港区 以下NEC(注3))は、このほど共同で単一光子源(注4)を組み込んだシステムで世界最長となる120 kmの量子暗号鍵伝送(注5)に成功しました。
本成果は、伝送距離を制限する主要因の一つである複数光子の同時発生率を100万分の1にまで抑えた高純度の1.5μm(マイクロメートル)帯量子ドット(注6)単一光子源と、極めて低ノイズの超伝導単一光子検出器(注7)を用い単一光子源に最適化した光ファイバー量子暗号鍵伝送システムを新たに3者で開発することにより実現したものです。運用・管理が簡便な単一光子源方式による今回の120kmの伝送距離は東京-宇都宮間などに相当するため、主要都市圏をカバーする盗聴不可能な高セキュア通信の実現に大きく弾みがつくものと期待されます。
本成果の第一報は、9月25日発行のScientific Reports誌電子版に掲載されました。
なお、本研究開発は、文部科学省・イノベーションシステム整備事業「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムにより行われました。
開発の背景と課題
量子暗号は光の粒子である光子1つ1つを情報の担い手とすることで、二者間で安全に暗号鍵共有を行うための技術です。盗聴者が伝送路上で鍵情報を盗み見ようとすると、量子力学の原理により光子の状態変化を引き起こすため、これを検知することで完全な秘匿通信が可能になります。
量子暗号では、単一光子源と呼ばれる光子を1個ずつ規則正しく生成するための装置が必要になりますが、これまでの多くの量子暗号システムは、レーザー光を弱めた減衰レーザー光による擬似的な単一光子源が用いられていました。この場合、2個以上の光子が1つのパルスに含まれる複数光子が高確率で発生するため、盗聴者が複数光子の一部から鍵情報を盗み取る危険性を排除できません。この対策として、盗聴検知用に数種の微弱光信号からなるおとり信号を人為的に混入する手法が広く用いられていますが、装置構成や鍵抽出プロセスが複雑になり、セキュリティを維持するためには装置の管理・運用に細心の注意が必要となるといった課題があります。
仮に厳密な単一光子源を量子暗号システムに組み込むことができれば、1パルスあたり1個の光子しか発生しないため、本来の簡易な構成で量子力学によって証明可能な高い安全性が得られます。しかしながら、量子ドット単一光子源を組み込んだ従来の量子暗号システムでは、単一光子の発生段階で余計な光子が混じることにより生じる単一光子源の高い複数光子発生率と、半導体検出器で光子を検出する際の高い雑音という二つの影響を受け、長距離伝送に有利な1.5μm波長帯においても安全鍵伝送可能距離は50 kmにとどまっておりました。このため単一光子源を用いた実用距離の量子暗号鍵伝送システムを実現するには、光源側とシステム側双方の性能を改善することが課題となっていました。
今回の研究開発成果
今回、東大-富士通研-NECの3者が連携することで、伝送距離を制限する主要因の一つである複数光子の発生率を100万分の1にまで抑えた高純度の1.5μm量子ドット単一光子源と、極めて低ノイズの超伝導単一光子検出器を用い単一光子源に最適化した光ファイバー量子暗号鍵伝送システムを新たに開発し、単一光子源を組み込んだシステムで世界最長(従来比2倍)となる120 kmの安全鍵伝送を実証しました(図1)。この成功は、主として下記の2つの技術開発に基づくものです。
- 高純度1.5μm帯単一光子源の開発
1.5μm帯単一光子は、光学的ホーン構造(注8)と呼ばれる微細構造の中に配置された量子ドットに対し、特定のエネルギー準位に適合した波長の励起光パルスを照射することで生成されます(図2)。励起光パルスの照射時間が長いと1回の照射で2個以上の光子が放出されやすくなりますが、今回、パルス幅の広がりを抑える分散補償の技術により照射する光パルスの時間幅を圧縮して短パルス化することで(図3黄色部分)、複数光子の同時発生率が1パルス当たり100万分の1にまで抑制された、世界最高水準の性能を有する高純度単一光子源の実現に成功しました。
- 超伝導単一光子検出器を用い単一光子源に最適化した量子暗号システムの開発
東京量子暗号ネットワーク(注9)で稼働中のシステムで使用実績のある、平面光回路をプラットホームとした通信波長帯単一光子源に最適化した低損失な干渉系を用い、現実の光ファイバー網に存在する温度変動や張力変動などに左右されない実用レベルの単一光子量子暗号鍵伝送システムを構築しました。これに加え、今回新たに極めて低ノイズの超伝導単一光子検出器を用いることにより、長距離量子暗号鍵伝送システムを実現しました(図4)。
今後の展開
今回の成果をもとに、今後は単一光子源を含めたシステムの小型化および高速化を進め、2020年以降に主要都市圏をカバーする盗聴不可能な高セキュア通信の実現を目指します。
図1 量子暗号鍵伝送の結果
図2 量子ドットを含む光学的ホーン構造の電子顕微鏡写真と、単一光子発生の模式図
図3 今回開発した1.5μm帯高純度単一光子源
図4 今回開発した長距離量子鍵伝送システム
以上
注釈
- 注1 ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構:
- http://www.nanoquine.iis.u-tokyo.ac.jp/index.html
- 注2 株式会社富士通研究所:
- http://jp.fujitsu.com/labs/
- 注3 日本電気株式会社:
- http://www.nec.co.jp/
- 注4 単一光子源:
- 光子が1個だけ含まれる光パルスを所望のタイミングで発生する非古典的な光源。離散的なエネルギー準位を持つ量子ドット、原子、イオンなどによって実現可能とされる。
- 注5 量子暗号鍵伝送:
- 量子力学的な不確定性原理を基盤として、安全性を証明可能な秘密鍵を送信者と受信者との間で共有できる秘匿通信。不確定性原理により盗聴された痕跡を検知できるため、物理的に安全性が保証された究極の鍵伝送を実現できる。
- 注6 量子ドット:
- 10数ナノメートルの大きさを持つ半導体の粒状構造。電子が0次元的に閉じ込められるため、エネルギー状態密度が完全に飛び飛びに離散状態をとる。量子ドットは単一光子源のほか、レーザーや光増幅素子など幅広く応用されている。量子ドットの概念は1982年に荒川泰彦教授、榊裕之名誉教授が提案した。
- 注7 超伝導単一光子検出器:
- 光吸収により電気伝導の超伝導状態が破壊される現象を利用した光検出器。単一光子に対する十分な感度を有し、雑音(暗計数)が小さい、量子効率が高い、時間分解能が高いなど、既存の半導体による単一光子検出器を凌駕する性能を有しており、近年技術的進歩が急速に進んでいる。
- 注8 光学的ホーン構造:
- パラボラ状の形状をした独自の半導体微細構造。通常、半導体の母体材料と真空の界面には高い屈折率差があるため、母体内部の量子ドットから発生した光子は大半が界面で全反射され、外部に取り出せる光子の割合は1%にも満たない。光学的ホーン構造ではこうした界面の全反射を逆に利用することで、量子ドットからの単一光子を効率よく一方向に取り出すことができる。
- 注9 東京量子暗号ネットワーク:
- 情報通信研究機構(NICT)が2010年10月に運用開始した、量子暗号鍵伝送実用化のための試験運用光ネットワーク。東京の大手町と小金井、白山、本郷の4つの拠点にNECを初めとした数社開発の「量子鍵伝送装置」を設置し、10kmから最大90kmに渡る伝送距離で信頼性の確認や性能評価が行われている。
本件に関するお問い合わせ
東京大学
ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
機構長 荒川泰彦
03-5452-6245
arakawa@iis.u-tokyo.ac.jp
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