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PRESS RELEASE (技術)

2010年11月12日
株式会社富士通研究所

マニュアル化しにくい現場固有のノウハウを抽出し共有する新手法を開発

ベテランのノウハウを経験せずに効率的に継承

株式会社富士通研究所(注1)は、ベテランが経験から自然と身に付け、暗黙知となりがちでマニュアル化しにくい現場固有のノウハウを抽出し、組織全体で共有する手法(Evidence-based Learning)を開発しました。本手法は、社会科学の現場調査法であるエスノグラフィー(注2)を応用し、作業の証拠となる議事録などのドキュメントを元に作業時の行動を可視化し、結果に基づいて現実に近い疑似体験の場を他の業務員に提供します。これにより、誰もが他者の経験から学習することが可能となり、ベテランのノウハウの伝承や共有を効率的に実現します。

本技術の詳細は、11月11日(木曜日)から香港で開催される組織学習とナレッジマネジメントを議論する国際会議「ICICKM 2010」(注3)にて発表いたしました。


図1. 今回開発した手法の概要

開発の背景

職人的なノウハウを必要とする業務は、開発、製造、運用、企画などに数多く存在します。そのような業務では、経験的で言葉で伝えにくい暗黙知と呼ばれるノウハウが、その分野で経験豊富なベテランと呼ばれる特定の人に偏りがちで、他の業務員には引き継がれない傾向にあります。一般に、ノウハウを習得するには、長い時間をかけた経験が必要になります。しかし現場の業務で十分な経験期間を得ることは難しく、ノウハウが共有されないまま同じ失敗を繰り返しているのが現実です。このため、暗黙知になりがちな経験で得られるノウハウを可視化し共有することで、他の業務員を効率的に育成し、業務をスムーズに進めることが必要とされています。

課題

マニュアル化しにくい暗黙知のノウハウを学ぶための手法として、実践を通して経験から学ぶ方法と、事例から学ぶ方法の2種類があります。

経験から学ぶ方法は、学ぶ人自身が業務を実践する必要があるため、経験できる範囲が限られてしまうのと、学ぶために時間がかかる難しさがあります。一方、事例から学ぶ方法は、経験なしで学ぶことができるため、効率的に学べることや経験できる範囲が広いという利点がありますが、インタビューで過去の行動を振り返る場合、経験した人の記憶に頼るために事実と異なってしまいがちです。さらに、現場での行動が不適切な場合や失敗した場合には、業務員が自身の行動を正当化しようと、不自然な理屈で説明をしてしまうという問題があります。

このため、経験しなくても効率的に学ぶことができる手法が求められていました。

開発手法

富士通研究所では、暗黙知が多く使われているさまざまなタイプの業務を分析し、改善する方法の研究に取り組んできました。今回、社会科学の現場調査法であるエスノグラフィーを応用し、マニュアル化しにくい現場固有のノウハウを抽出し、他の業務員が疑似体験を通してノウハウを学ぶことを支援する手法を開発しました。現場での行動の具体的な記録や証拠となるドキュメントを追跡して調査することで、効率的な学習を促進します(図2)。


図2. 本手法の位置づけ

開発した手法(Evidence-based Learning)の特徴は以下の3点です。

  1. ドキュメントによる行動の可視化

    ベテランの過去の経験を正確に把握するために、議事録などのドキュメントをもとに、実際に行動したことを抽出して一連の出来事を可視化します。インタビューによる証言ではなく、証拠となるドキュメントに基づくことで、記憶違いや行動の正当化による誤解を防ぎます。特にトラブルに着目することで、ベテランにとっては当たり前と思っていた暗黙知の行動が明るみになり、学ぶべきノウハウを効率的に抽出することができます。

  2. トラブルパターンの体系化

    トラブルの傾向を分類してトラブルのパターンを見つけます。トラブルのパターンとは、過去の失敗を糧にして同じ失敗を起こさないためのノウハウであり、パターンを端的に表す名前と概念図で構成します(図3)。図3の例は、システムの仕様を決める際に、設計書だけでは運用するイメージが抱きにくく、実機のシステムに触れた時にはじめて不具合に気づくことを示すパターンです。パターンによって失敗に至る行動が簡単に連想できるため、効率的に学習することができます。


    図3. トラブルパターンの例
  3. 疑似体験ワークショップによる経験学習注4

    経験をしていない業務員が、行動を可視化した経緯図を追体験することで、他者の経験から学習を行います。業務員はワークショップで「自分であればどのような行動をとるか」を問いかけられます。自身が同じ状況に遭遇した場合を想定して行動を訓練することでノウハウの習得を行います。また、複数の業務員間で、それぞれの考えた行動の背景にある意図を相互に議論し、相互に考え方を学びます。事実に基づいた経緯図を用いることにより、業務員間で同じ状況を共有することが容易となるため、議論を深めることで学習効果が高まります。

適用事例

今回の手法をITシステム開発における要件定義のノウハウ共有に適用しました。要件定義は、事業や業務をどうするか、そのためにITシステムをどのように構築するかを決定するプロセスです。事業を取り巻くあらゆる内容を考慮する必要がある複雑な作業であり、そのノウハウは実践を通して学ぶ必要があります。しかし、システム開発の期間は全体で年単位にわたるケースも多く、経験から学ぶ機会は少ないのが現状です。また、要件として決定した内容は記録されますが、決定に至るプロセスが記録されないため、そのノウハウは暗黙知になりがちでした。

3件のシステム開発プロジェクトにおける要件定義の不具合127件に対して、今回の手法を用いて不具合が発生した経緯を可視化しました。不具合の1件1件に対して、図4に示すように、証拠となるプロジェクト成果物のドキュメントを追跡調査して行動を明らかにすることで、不具合がどのような行動により発生したか、どのように対処したかを正確に可視化することができました。得られた結果にもとづき、発生原因の分類を行い、手戻りコストと発生頻度から、7つのトラブルパターンを導出しました。


図4. 不具合発生に至る経緯図

さらに、要件定義を担当するシステムエンジニア28人に対して疑似体験ワークショップを適用しました。

ワークショップの学習効果を確認するアンケートでは、5段階評価で7割が満点をつけるなど(平均4.48、分散0.57)、学習効果が確認できました。また、参加したシステムエンジニアが、自身のプロジェクトにおける要件定義で、不具合を事前に検出した事例も観察されました。これは、疑似体験によって得られたノウハウを、自身のものとして現場での実践に活用した結果です。

今後

今後は、本手法を地域連携や、業界を横断する社会的な課題解決におけるプロジェクトマネジメント、リーダーシップに関する知識共有やスキル向上に展開していく予定です。

以上

注釈

  注1 株式会社富士通研究所:
代表取締役社長 富田 達夫、本社 神奈川県川崎市。
  注2 エスノグラフィー:
文化人類学における現場調査法。生活や仕事の場に入り、生活者や働く人の視点から日常の姿を調査する。マーケティングやプロダクトデザイン、組織変革への示唆の導出に応用。
  注3 ICICKM2010:
7th International Conference on Intellectual Capital, Knowledge Management & Organisational Learning。組織学習やナレッジマネジメントを促進する手法や事例を議論する国際会議。
  注4 経験学習:
教育の専門家であるコルブが提唱した学習の考え方。現場実践の中で学ぶ学習法。学校や研修などの教育により知識を獲得する学習と対比した考え方。

本件に関するお問い合わせ

株式会社富士通研究所
ソフトウェア&ソリューション研究所 ナレッジテクノロジ研究部
電話: 044-754-2652(直通)
E-mail: hcd-m@ml.labs.fujitsu.com


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