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[ PRESS RELEASE ] 平成14年3月25日
株式会社富士通研究所
独立行政法人通信総合研究所
大阪大学大学院基礎工学研究科

世界最高速562GHz HEMTの開発に成功

-次々世代160ギガビット/秒光通信用トランジスタにめど-


株式会社富士通研究所(社長:藤崎 道雄、本社:川崎市)は、独立行政法人通信総合研究所(理事長:飯田 尚志、所在地:東京都小金井市)と大阪大学大学院基礎工学研究科(総長:岸本 忠三、所在地:大阪府豊中市)との共同研究により、電流利得の遮断周波数(*1)が562GHzの世界最高速HEMT(*2)の開発に成功いたしました。
この超高速トランジスタの開発により、次々世代の超高速光通信システム用として実用化が期待されている160ギガビット/秒の伝送速度をもつ電子回路を実現できる見通しが得られました。また、これまで利用していなかったミリ波帯(30-300GHz)からサブミリ波帯(300GHz-3THz)までの新しい周波数を有効に利用できる技術への展開も期待されます。
なお本技術の詳細は、3月28日から東海大学湘南校舎で開催される春季第49回応用物理学関係連合講演会にて発表する予定です。


【開発の背景】

21世紀の高度情報化を担う超高速通信システムとして、光波帯を利用するテラビット級の大容量光通信システムや、ミリ波帯・サブミリ波帯などを利用する超高周波無線通信システムの開発が望まれています。
大容量光通信システムでは、インターネットの急激な普及に伴いテラビット級の大容量基幹通信システムが開発され、波長多重伝送システム(*3)の開発とともに1波長あたりの伝送速度の高速化が求められています。現在、チャネル伝送速度が40ギガビット/秒の基幹通信システムの実用化に見通しが立ち、次なる世代として160ギガビット/秒を実現できる超高速電子デバイスが期待されています。
また超高周波無線通信システムの分野では、76GHz 帯自動車レーダや22GHz 帯準ミリ波加入者無線システムなどのミリ波・準ミリ波(10-30GHz) 無線応用技術が実用化されているほか、総務省を中心として光波帯とミリ波帯との間に残された未利用周波数帯を開拓すべく超高周波デバイスの研究開発が推進されています。
このように将来の超高速・大容量情報通信ネットワークを実現するための基盤技術として、超高速性能をもつ電子デバイスの実現が望まれていました。


【開発した技術】

今回開発した超高速HEMTは、インジウム・リン(InP)基板を用い、電子を供給する層としてインジウム・アルミ・ヒ素(InAlAs)、電子が走行する層としてインジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)を用いたものです。
HEMTの高速性を高めるには、ゲート長を短くして電子の走行距離を短くする方法と、電子移動度が高い電子走行層材料を用いる方法の二つがあります。しかし、ゲ−ト長を非常に短い数10ナノメートルくらいにすると、ゲートによる電流制御が困難になる、いわゆるショートチャネル効果(*4)が発生し、HEMTがもつ本来のスピードを引き出しにくくなります。
そこで今回、以下の技術を開発しました。

  1. 電子供給層の薄層化
    ゲート電極と電子が走行するチャネルとの距離を短くするため、電子供給層の厚さを従来比約5分の1である3〜4ナノメートル程度まで極めて薄くし、ショートチャネル効果を減らす素子構造を実現しました。

  2. 新組成の電子走行層の導入
    InAs組成を以前より約1.4 倍大きくした電子走行層を導入し、高速性能をさらに引き出しました。


その結果、ゲート長が25ナノメートルのInP HEMT(図1)において、電流利得の遮断周波数(増幅限界周波数)ftとして562GHz(図2)と、世界で初めて500GHzを越える世界最速のトランジスタを実現することに成功しました。これと同時に、45ナノメートルゲート長においてft=520GHz 、65ナノメートルゲート長において478GHzを実現しました。
これまでの記録では、98年にNTT から発表されたゲート長30ナノメートルで350GHz、当グループが昨年4月に開発したゲート長25ナノメートルのft=398GHz 、さらには昨年10月に発表されたゲート長30ナノメートルでft=472GHz があります(図3)。今回開発した超高速HEMTは、これらを大きく上回る高速性能を達成しています。


【今後の発展】

この超高速HEMT素子技術の実現により、電子回路では難しいとされてきた160ギガビット/秒レベルの送受信用デジタルICや広帯域アナログICなどに道が開け、次々世代の大容量光通信システム向け超高速電子回路技術の有力候補として大いに期待できます。
さらには光波帯とミリ波帯を結ぶ超高周波素子実現の展望も開け、ミリ波・サブミリ波電波天文や地球環境リモートセンシング分野における超低雑音素子や超広帯域増幅素子など、多くの基礎科学技術分野への応用も期待されます。

【用語解説】

*1:電流利得の遮断周波数
トランジスタの電流利得に関する増幅動作の周波数上限。通常は、周波数に逆比例して電流利得が減少し、電流利得が1(出力電流と入力電流の比が1)となる周波数の値をいう。遮断周波数の大きい素子が、より高速性を示す。
*2:HEMT(High Electron Mobility Transistor)
バンドギャップの異なる半導体材料(ここではInAlAsとInGaAs) との接合界面に生じる電子層が通常の半導体内に比べて高速で動作することを利用した電界効果型トランジスタ。1980年に富士通が世界に先駆けて開発し、現在、衛星放送用受信機や携帯電話機、GPSを利用したナビゲーションシステム、広帯域無線アクセスシステムなど、IT社会を支える基盤技術として広く使用されています。
*3:波長多重伝送システム
搬送波の波長を変えて、一つの光ファイバに複数の光信号を重ね合わせる伝送方式。波長の異なる光は互いに干渉しないという性質を利用し、多重する光の数を増やすことによって光ファイバ上の伝送量を飛躍的に増大できます。
*4:ショ−トチャネル効果
ゲート長が短くなるにつれて出現する素子サイズ効果。ゲート電圧がしきい値電圧以下であってもソースドレイン間に電流が流れやすくなる現象を言います。本効果により、出力コンダクタンスの低下、しきい値電圧の変動、サブスレッショルド特性の劣化、ソースドレイン間耐圧の低下などが生じます。

以 上




図1.HEMT断面構造および25nmゲート下近傍の透過型電子顕微鏡写真


図2.HEMT電流利得の周波数依存性図3.HEMT遮断周波数の世界記録の変遷



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