当社はこのほど、半導体ナノテクノロジーである量子ドット (*1)技術と光応用に優れた化合物半導体技術を適用し、量子ドット1個をフローティングゲート (*2)とする新型量子ドットメモリを作製し、量子ドット内に蓄積された正孔の数の電気的および光学的制御に初めて成功いたしました。この成果は、蓄積できる電荷数までの多値化が可能な究極のテラビット級多値メモリ素子や、高感度・低消費電力の赤外線検出デバイス、さらには量子ドットを用いた量子情報デバイスなどにつながる可能性を持つものです。
本研究は、通産省産業科学技術研究開発制度の一環としてNEDOからFEDを通じて委託された「量子化機能素子の研究開発」の成果です。なお、本件は、10月2日から米国カリフォルニア州モントレーで開催された化合物半導体国際会議ISCS (International Symposium on Compound Semiconductors)にて、発表しました。
[開発の背景]
量子ドットの大きさは約10ナノメートルで、現時点では電荷を閉じこめることのできる究極の微細構造です。しかし、単独の量子ドットを位置制御することや高い品質で製作することが困難だったため、これまではバラツキのある多数の量子ドットを1つの集合体として利用する方法が一般的でした。
当社ではこれまでに、ガリウムヒ素(GaAs)基板上に正四面体溝を作り、その溝に半導体層を成長させることにより量子ドットを所定の位置につくる方法 (*3)を開発し、世界に先駆けて化合物半導体の量子ドット1個を用いたメモリセル構造を作製してきました。この技術では、量子ドットの高い位置精度と均一性が同時に達成できるため、単独の量子ドット応用に非常に有利です。さらに、化合物半導体ヘテロ構造 (*4)を用いることで赤外領域の光検出が可能ですが、これまで製作した素子は、感度が低かったり、反応する光の波長を増やすには作製プロセスが複雑であったりしたため、性能や構造の改善が望まれていました。
[開発した内容]
今回開発した量子ドットメモリ素子は、変調ドープ (*5)された縦型HEMT (*6)のゲートにフローティングゲートとして量子ドット1個が組み込まれた形となっています。ソース電極から注入された電子は、正四面体溝の3つの側壁を通り、量子ドットの近くを通り抜けてドレイン電極へと流れ出ます。量子ドットの中に正孔が閉じ込められていると、電流は多く流れ、量子ドットに正孔がいなければ電流はわずかしか流れず、メモリ機能が生まれます。この構造の利点は、電流が集中する溝の底にフローティングゲートとしての量子ドットがあるため、この中の電荷数によって電流を最も効率よく変化させることができることです。
この量子ドットに光を照射した場合、1対の電子と正孔が生成されますが、電子は量子ドットから流出し正孔だけがこの量子ドットに残るため、電荷を蓄積することができます。すなわち、光書込みによるメモリ動作が可能です。また、量子ドットのエネルギー準位が結晶成長によって制御可能なため、この動作を光の波長で選択できます。さらに、正四面体側壁の量子井戸層を受光面として使うことにより、受光面積を増やしたり、入射光と井戸層とが予め角度を持つために相互作用が強まるなど、感度の向上が期待できます。
試作品を評価した結果、77Kの温度下において、量子ドットに蓄積する電荷数の制御が電圧によっても光によっても可能であることを、確認しました。これにより、将来の蓄積電荷数制御による多値メモリや電子−光融合素子実現に一歩近づいたと考えております。
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新型量子ドットメモリの断面図 | 光書き込み動作 |
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- (*1)量子ドット
- 電子あるいは正孔を3次元全ての方向で空間的に閉じこめる構造です。この中に電荷が閉じこめられると、そのエネルギー準位は離散的になり、いわゆる人工的な原子のような性質を示します。主に半導体ヘテロ構造を用いて作製されます。
- (*2)フローティングゲート
- 電気的に外部の端子と接続されていないゲートの意味で、情報を記憶する主要部です。電子、あるいは、正孔を貯えておく溜め池のような働きをし、ここに電荷がたくさん貯えられている状態とほとんど入っていない状態を、2つの情報(1ビット)に対応させて記憶情報として使います。
- (*3)量子ドットを所定の位置につくる方法
- 正四面体溝の加工は、面内で結晶が3回対称性を持つ特定な方向で切り出されたGaAs基板を用います。この基板上にパターニングしたシリコン絶縁膜を作製し、これをマスクに特殊な溶液でエッチングを施した場合、このマスクの開口部に外接する正四面体形になるまでエッチングが進み、その段階でエッチングが自動的に停止するという性質を利用しています。このエッチングによれば、先端が原始レベルで尖った溝を、マスクの形状によらず均一に開けることができます。正四面体溝形成後に、基板加熱温度を最適化した有機金属気相成長法(MOVPE)を用いて、まず、溝の側壁にHEMTのチャネルとなるGaAs層を結晶成長し、次にAlGaAs、InGaAs、AlGaAsを積層成長しています。我々は、この中のInGaAs層では、溝の頂点近傍のインジウム組成(In)が自然に濃くなることを発見しました。この性質を利用し、高さ、幅ともに10mm程度のInGaAs量子ドットを、溝の底付近に形成できました。
- (*4)化合物半導体ヘテロ構造
- 主に周期律表の3族と5族あるいは2族と6族などの組み合わせによる化合物半導体を用い、それらの異なる半導体を結晶成長によって接合した構造を言います。半導体レーザやHEMTなどはこうしたヘテロ接合を実用化したものです。
- (*5)変調ドープ
- 電流の運び手となるキャリアとそのキャリアを発生させるために添加する不純物とが空間的に分離されている構造です。このことによりキャリアは不純物による散乱を受けにくく、低温で高い移動度が得られます。電子親和力の異なる半導体ヘテロ接合構造で、電子親和力の小さい半導体層にのみ不純物をドーピングすることで実現できます。この技術はHEMTなどに応用されています。
- (*6)縦型HEMT
- HEMTは通常プレーナー型のトランジスタですが、リソグラフィ限界を越えて素子を微細化したり、バンドエンジニアリングを駆使した素子構造を作るには、膜厚制御性の高い結晶成長法を用いることが有力となります。今後、こうした縦型トランジスタの研究が盛んになると予想されています。
以 上
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